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大正12年 広島県尾道市生まれ
少年時代は大の飛行機好きで、創作飛行機を描いては雑誌に投稿するのが趣味だった。
そのあまりに卓越した構想力により、当時のアメリカ軍のスパイが、河井少年のスケッチを実在の飛行機と誤認。本国に送信したという、エピソードもある。
昭和42年、「モデルアート」誌に掲載された軍艦模型に衝撃を受け、以来模型制作に心血を注いだ。その生涯の模型制作数200点以上。
その作品は模型の域を越えて、史料的価値及び美術品的価値に世界は注目した。その評価も高い。
生涯を通じて作り続けた最愛の「戦艦大和」の制作においては、十数隻の作品を残し、最大スケールの「10分の1 戦艦大和」の制作途上に息を引き取った。
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